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ガレアッツォ・チャーノ

推定知名度1.17%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

第2代コルテッラッツォ・ブカーリ伯ジャン・ガレアッツォ・チャーノ(Gian Galeazzo Ciano, detto Galeazzo, conte di Cortellazzo e Buccari, 1903年3月18日 - 1944年1月11日)は、イタリアの政治家、貴族。外務大臣やアルバニア総督としてファシスト政権下の外交政策を取り仕切った。ベニート・ムッソリーニの長女エッダ・ムッソリーニの夫でもあり、独裁者の娘婿として事実上の後継者として扱われていた。貴族である事からサヴォイア家を始めとする王党派と政府を結びつける役割も果たし、イタリア王太子ウンベルト2世とは昵懇の間柄であった。姓の日本語表記は「チアノ」とするものも多い。枢軸国としての参戦に反対した事から次第にムッソリーニとの距離が広がり、大戦後半には連合国との講和を図って党大評議会と王党派によるクーデター(グランディ決議)に加担し、義父を失脚させた。しかしイタリア社会共和国成立により身柄を拘束され、ドイツ国のアドルフ・ヒトラー総統から強い要請を受けたムッソリーニの命令によって銃殺刑に処された。

過去の推移