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黒澤貞次郎

推定知名度0.1%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

黒澤 貞次郎(くろさわ ていじろう、1875年1月5日 - 1953年1月26日)は、日本の実業家、技術者。1899年ニューヨークのエリオット・ハッチ商会(タイプライター製造工場)に勤務の傍ら「ひらがな・縦書き」のタイプライターを試作し、1900年にはカタカナ・タイプライターの製造に成功した。1901年これらを携えて帰国。これが日本で最初のかな文字タイプライターといわれる。また1909年に当時の東京市京橋区尾張町2丁目(現在の東京都中央区銀座6丁目9-2)に建設した黒澤商店ビルは、日本で最初の鉄筋コンクリート工法のオフィスビルであることが、後年の調査で判明している。1914年には国産タイプライターの生産工場を、当時の東京府荏原郡蒲田村大字新宿から字御園にわたり建設した。2万坪(約66000㎡)に及ぶ工場敷地内には工場従業員の為の社宅群である「吾等が村」も建設され、周囲からは「黒澤村」と称された。生前貞次郎は自らの出自や小僧奉公時代のこと、アメリカでの体験談などを自身の子を含め複数の知人に語っているが、いずれの談にも食い違いがあり、この間の正確な情報は不明な部分が多い。

過去の推移