鳴滝塾の画像画像引用元: kjs.nagaokaut.ac.jp

鳴滝塾

推定知名度20.37%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

鳴滝塾(なるたきじゅく)は、文政7年(1824年)に、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト|シーボルトが長崎市|長崎郊外に設けた私塾。診療所も兼ねていた。木構造 (建築)|木造2階建てで、書庫などがあり、庭には日本各地でシーボルトが採取した薬草類が栽培された。シーボルトは出島から塾まで通い、西洋医学や自然科学など科学の幅広い分野を教授した。鳴滝塾で学んだのは、高野長英、二宮敬作、伊東玄朴、戸塚静海など50人以上に及ぶ。私塾の跡地は現在の長崎市鳴滝にあり、1922年(大正11年)10月12日に、シーボルト宅跡の名称で国の史跡に指定された。跡地に隣接して1989年(平成元年)に長崎市によりシーボルト記念館が開館された。鳴瀧という地名は、第24代長崎奉行の牛込重忝|牛込忠左衛門勝登が、京都の鳴滝 (京都市右京区)|鳴瀧にあやかって名付けた。

過去の推移