関 樾(『樾』は木偏に越)(かん えつ、生没年不明 )は、中国三国時代にいたとされる人物。祖父は関羽・趙雲。父は関平。正史『三国志』には記述がなく、また小説『三国志演義』にも登場しない。清の『續修江陵縣志』によれば、関樾は関平と趙雲の娘との間に生まれ、その子孫も代々江陵に住んだ。のち雍正10年(1732年)7月、関樾の末裔である関朝泰を五經博士に任じ、当陽で関帝廟の祭祀を奉らせたとある。関朝泰が当陽の廟の祭祀を許されたということについては、『世宗憲皇帝實錄』にも記録がある。こちらでは関朝泰は関羽五十二世孫とされているが、一方で関平や関樾との関係が示されてい......
関 樾(『樾』は木偏に越)(かん えつ、生没年不明 )は、中国三国時代にいたとされる人物。祖父は関羽・趙雲。父は関平。正史『三国志』には記述がなく、また小説『三国志演義』にも登場しない。清の『續修江陵縣志』によれば、関樾は関平と趙雲の娘との間に生まれ、その子孫も代々江陵に住んだ。のち雍正10年(1732年)7月、関樾の末裔である関朝泰を五經博士に任じ、当陽で関帝廟の祭祀を奉らせた......