荒武 三省(あらたけ さんせい)は、戦国時代の武将。実名は宗名。日向伊東氏の家臣。荒武氏は伊東家中でも伊東氏の日向下向時に被官化した、「都於郡四天衆」といわれる地侍の家系である。戦国期には奉行や代官を多く輩出したが、とりわけ三省は文武両道の臣として名高く、伊東尹祐の信任を受けて重用された。歌道にも達し、京から下向した飛鳥井雅康(二楽軒)と詠み交わした和歌が残る。主に庄内北郷氏との合戦で活躍し、永正17年(1520年)には前線の勝岡城主を拝命する。大永6年(1526年)、肥後相良氏に犬童氏の乱が起こると出陣して鎮圧に貢献した。また、天文2年(1533年)、主......
荒武 三省(あらたけ さんせい)は、戦国時代の武将。実名は宗名。日向伊東氏の家臣。荒武氏は伊東家中でも伊東氏の日向下向時に被官化した、「都於郡四天衆」といわれる地侍の家系である。戦国期には奉行や代官を多く輩出したが、とりわけ三省は文武両道の臣として名高く、伊東尹祐の信任を受けて重用された。歌道にも達し、京から下向した飛鳥井雅康(二楽軒)と詠み交わした和歌が残る。主に庄内北郷氏との......