美山貫一の画像画像引用元: irdb.nii.ac.jp

美山貫一

推定知名度1.71%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

美山 貫一(みやま かんいち、1847年12月2日(弘化4年10月25日) - 1936年(昭和11年)7月29日)は、日本の牧師である。1847年(弘文4年)長州萩藩士内藤氏の次男として生まれる。元服後の名前を内藤匡二郎といった。1853年藤田新八の私塾で学び1863年に山口兵学校で学び1867年には三田尻兵学校で兵学を学んだ。そして、松下村塾の吉田松陰にも影響を受けた。1871年には美山家を相続して、美山貫一になる。1871年海軍兵学校を受験するが不合格だったので、上京して陸軍省に勤めた。1875年渡米する。サンフランシスコにいるときに、M・C・ハリスによってキリスト教に入信し、受洗する。1884年帰国後、小方仙之助の後をついて、銀座教会の第2代目の牧師になる。再び渡米して、安藤太郎を信仰に導く。1890年名古屋メソジスト教会(現・日本基督教団名古屋中央教会)の牧師になり、1893年に再び銀座教会の牧師になり、1903年には鎌倉メソジスト教会の牧師になる。引退後も鎌倉に住み、同地で死去する。

過去の推移