稲富 祐直(いなどめ すけなお)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、砲術家。稲富流砲術の開祖。丹後国弓木城主。祖父・稲富祐秀から砲術を学び、それを発展させて稲富流砲術を創始したといわれている。合戦の際に具足を2枚重ねて着ていたため二領具足の異名を持つ(長宗我部氏の一領具足とは関係が無い)。はじめ丹後一色氏に仕え、主家が滅ぶと細川忠興に仕えた。慶長2年(1597年)、慶長の役では蔚山倭城に籠もって活躍したという。同5年(1600年)の関ヶ原の戦いにおいては、細川氏の大坂屋敷に居て、忠興の妻である細川ガラシャの警護をしていたが、ガラシャが石田三成の人質......
稲富 祐直(いなどめ すけなお)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、砲術家。稲富流砲術の開祖。丹後国弓木城主。祖父・稲富祐秀から砲術を学び、それを発展させて稲富流砲術を創始したといわれている。合戦の際に具足を2枚重ねて着ていたため二領具足の異名を持つ(長宗我部氏の一領具足とは関係が無い)。はじめ丹後一色氏に仕え、主家が滅ぶと細川忠興に仕えた。慶長2年(1597年)、慶長の......