画像引用元: www.westatic.com玉ノ井福司
推定知名度0.05%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
玉ノ井 福司(たまのい ふくじ、1860年6月9日〈万延元年4月20日 (旧暦)|4月20日〉 - 1900年〈明治33年〉10月28日)は、伊勢ノ海部屋及び玉ノ井部屋に所属した元力士。本名は玉野井 福治。一方で、1898年5月より第8代玉ノ井として、二枚鑑札となり部屋経営にも当たった。しかし多忙が祟り、1900年10月28日に巡業先の愛知県名古屋市熱田区で脳充血に罹り、急逝した。40歳の若さだった。幕内通算 16場所 49勝65敗7分7預32休を残した。金星1個(小錦)を獲得している。1891年1月場所6日目(1月15日)の泉滝福治|泉滝との取組では、自身の廻しが取れるという珍事が起こっている(記録上では、3年前の1888年1月場所8日目〈2月5日〉の相生芳藏|相生vs嵐山捨吉|嵐山戦で嵐山の廻しが外れて以来、2例目の出来事であった)。当時は不浄負けの制度がなかったため、直ぐに廻しを締め直し、結果的には取り直しとなり、勝負が付かず引分 (相撲)|引き分けになったと伝わっている。改名歴は1回ある:高浪 福治 → 玉ノ井 福司
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