澄観(ちょうかん、ちょうがん 738年 - 839年)は、中国の華厳宗の僧侶。中国華厳宗の第四祖とされる。別名清涼国師。清涼澄観とも。俗姓は夏侯氏。越州山陰(浙江省紹興市)の出身。11歳で出家。天台宗や律宗、三論宗、禅宗など幅広く学ぶ。五台山清涼寺に住み華厳を研究する。中国華厳宗は杜順-智儼-法蔵-澄観-宗密との祖統説を立てる。しかし、澄観は実際に法蔵に師事したわけではなく、慧苑の弟子・法せん(せんは言+先)より華厳学を受けた。澄観は、師の師である慧苑に対し、法蔵の意を継承していないと厳しく批判し、後の祖統説が成立するなかでも慧苑は外され、澄観が4祖に位置......
澄観(ちょうかん、ちょうがん 738年 - 839年)は、中国の華厳宗の僧侶。中国華厳宗の第四祖とされる。別名清涼国師。清涼澄観とも。俗姓は夏侯氏。越州山陰(浙江省紹興市)の出身。11歳で出家。天台宗や律宗、三論宗、禅宗など幅広く学ぶ。五台山清涼寺に住み華厳を研究する。中国華厳宗は杜順-智儼-法蔵-澄観-宗密との祖統説を立てる。しかし、澄観は実際に法蔵に師事したわけではなく、慧苑......