津軽 順承(つがる ゆきつぐ、寛政12年1月13日(1800年2月6日) - 元治2年2月5日(1865年3月2日))は、陸奥黒石藩の第2代藩主。のち陸奥弘前藩の第11代藩主。三河吉田藩の松平信明の五男。母は側室の恵覚院。正室は有馬久保の娘・彰信院(泉姫)。側室に梶文左衛門の叔母・諦信院(清瀬)。官位は従四位下、左近将監・大隅守。子は常姫(初名たま姫。はじめ津軽承祐婚約者、後津軽承昭正室)、養子・津軽承祐。
津軽 順承(つがる ゆきつぐ、寛政12年1月13日(1800年2月6日) - 元治2年2月5日(1865年3月2日))は、陸奥黒石藩の第2代藩主。のち陸奥弘前藩の第11代藩主。三河吉田藩の松平信明の五男。母は側室の恵覚院。正室は有馬久保の娘・彰信院(泉姫)。側室に梶文左衛門の叔母・諦信院(清瀬)。官位は従四位下、左近将監・大隅守。子は常姫(初名たま姫。はじめ津軽承祐婚約者、後津軽......