画像引用元: pbs.twimg.com板谷隆一
推定知名度2.29%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
板谷 隆一(いたや たかいち、1911年(明治44年)8月20日 - 1991年(平成3年)9月1日)は、日本の海軍軍人及び海上自衛官。三養基中学、海軍兵学校卒業(60期、恩賜)。海兵同期に鈴木實、進藤三郎など。第7代海上幕僚長、第5代統合幕僚会議議長。日中戦争から太平洋戦争まで常に第一線にあり、日中戦争時は、大山事件(板谷氏と同期の上海特別陸戦隊中隊長大山勇夫中尉が殺害されたことにより第二次上海事変のきっかけの一つとなった。)により、陸戦隊中隊長となり、陸軍部隊進出までの苦しい1ヶ月を戦った。太平洋戦争では北方作戦、レイテ沖海戦など、常に洋上にあり、1945年4月の戦艦「大和」(第二艦隊)の沖縄特攻に第2水雷戦隊参謀として巡洋艦「矢矧」に乗組み、矢矧は沈没するが、泳ぎ抜き救助され生還した。真珠湾攻撃作戦時に空母「赤城」分隊長で、第一次攻撃隊制空隊長を務めた板谷茂海軍中佐(海兵57期首席)は実兄である。
過去の推移
–06
–07
1.308
1.5509
1.7210
1.8911
1.8512
1.8213
1.814
1.915
2.2916
