画像引用元: pbs.twimg.com木庭二郎
推定知名度0.38%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
木庭二郎(こば じろう、1915年3月7日 - 1973年9月28日)は昭和期の物理学者。核物理学を専攻。1945年に東京帝国大学を卒業し、大阪大学助教授等を経て、京都大学教授となる。1963年にコペンハーゲン大学のニールス・ボーア研究所教授となるが、1973年にコペンハーゲンでコレラにより客死。朝永振一郎の繰り込み理論の研究などに協力し、高エネルギー粒子の衝突における多重発生現象を研究した。坂田昌一の「凝集力場理論」の検証において計算を間違えた責任を取って、丸坊主になったエピソードは有名である。これは、それだけ朝永振一郎に信頼されていたと言える。兄は文芸評論家の中村光夫(本名 木庭一郎)。 弟、木庭三郎も理論物理学者(専門は物性論)。
過去の推移
–06
–07
–08
0.2109
0.3210
0.3611
0.3612
0.3613
0.3414
0.3815
0.3816
