日根野 高吉(ひねの たかよし)は、戦国時代の武将。信濃諏訪藩(高島藩)の初代藩主。はじめ美濃斎藤氏に仕えた。斎藤氏滅亡後は織田信長に仕え、信長没後は織田信孝を経て、羽柴秀吉に仕えた。天正18年(1590年)の小田原征伐で山中城を攻略した功績を賞されて、信濃高島に3万8000石(寛政重修諸家譜では2万7000石)を与えられ、「諏訪の浮城」と呼ばれた高島城を7年かけて築城している。文禄の役では肥前名護屋に駐屯した。伏見城築城でも功を挙げている。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは東軍に与していたが、本戦直前の6月26日に急死した。享年62。跡を嫡男の吉明......
日根野 高吉(ひねの たかよし)は、戦国時代の武将。信濃諏訪藩(高島藩)の初代藩主。はじめ美濃斎藤氏に仕えた。斎藤氏滅亡後は織田信長に仕え、信長没後は織田信孝を経て、羽柴秀吉に仕えた。天正18年(1590年)の小田原征伐で山中城を攻略した功績を賞されて、信濃高島に3万8000石(寛政重修諸家譜では2万7000石)を与えられ、「諏訪の浮城」と呼ばれた高島城を7年かけて築城している。......