画像引用元: www.zen-a.co.jp市川市蔵
推定知名度0.77%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
四代目 市川 市蔵(よだいめ いちかわ いちぞう、明治元年10月15日(1868年11月28日) - 昭和19年(1944年)8月1日)は関西の歌舞伎役者。屋号は播磨屋。俳名に蝶升。本名は安部 楠松(あべ くすまつ/なんしょう)。初代中村鴈治郎の相手役として活躍した。大阪北堀江の生まれ。明治10年 (1877)、二代目阪東壽三郎の門人となり阪東豊作を名乗る。明治22年 10月には本名の安部楠松を名乗っていたが、明治23年 11月角座において四代目市川市蔵を襲名。以降関西歌舞伎において活躍する。当たり役に『桜鍔恨鮫鞘』(鰻谷)の古手屋八郎兵衛、『戀飛脚大和往來・封印切』の八右衛門、『心中天網島・河庄』の孫右衛門などがある。特に八右衛門と孫右衛門は初代鴈治郎の十八番である忠兵衛(封印切)、治兵衛(河庄)の脇を固める重要な役どころで、市蔵はこれを見事に勤めた。口跡に難があり演技面でもうまくなかったといわれているが、一代の名優を助ける名相方として評価を上げたのである。なお『封印切』はSPレコードの録音版がある。市蔵は八右衛門で、初代鴈治郎の忠兵衛、中村魁車の梅川、三代目中村梅玉のおえんと舞台を勤めており、その芸風を偲ぶことができる。晩年は関西歌舞伎の長老として重きを成した。 Category:歌舞伎役者Category:1868年生Category:1944年没
過去の推移
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0.7607
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