画像引用元: www.kabuki.ne.jp市川團蔵
推定知名度1.38%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
六代目 市川團蔵(ろくだいめ いちかわ だんぞう、寛政12年〈1800年〉 - 明治4年10月22日 (旧暦)|10月22日〈1871年12月4日〉)とは、江戸時代の歌舞伎役者。屋号は三河屋 (歌舞伎)|三河屋、定紋は、替紋は。俳名は三猿、團猿、雅号に市紅庵、松秀舎。父は市川團蔵 (4代目)|四代目市川團蔵の門弟市川荒五郎|初代市川荒五郎。江戸に生まれ、文化 (元号)|文化2年(1805年)市川昭世と名乗って初舞台を踏む。文化10年 、市川團十郎 (7代目)|七代目市川團十郎の門下に加わり市川三蔵と改名。文化13年には初代市川茂々太郎と改名、この間に子供芝居に出る。上方や九州の舞台にも立ち、天保2年(1831年)、大坂で初代市川白蔵と改名。天保5年、江戸に帰って二代目市川九蔵を襲名する。その後は江戸と上方を往復しながら舞台を務める。嘉永5年8月(1852年)、市川團蔵 (5代目)|五代目市川團蔵の未亡人の養子となり、同年10月大坂角の芝居『金烏玉兎倭入船』で六代目市川團蔵を襲名した。体格は小柄ではあったがいろいろな役をこなした。しかし芸風は地味で人気は上がらなかったという。一方、初代團蔵と二代目團蔵が得意とした演目を「古劇八種」というお家芸にまとめている。養子に市川團蔵 (7代目)|七代目市川團蔵がいる。墓所は谷中墓地にある。
過去の推移
1.1306
1.4407
1.4408
1.2709
1.3510
1.3511
1.3412
1.3813
1.3814
1.3815
1.3816
