画像引用元: shirotadata.up.n.seesaa.net小川修三
推定知名度0.36%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
小川 修三(おがわ しゅうぞう 1924年5月8日 - 2005年1月9日)は、日本の昭和時代に活動した素粒子物理学者。山口県出身。1947年に名古屋帝国大学(現 名古屋大学)の理学部で物理学科を卒業後、同年12月に同大学の幅助手となり、2年後には助手となる。1955年4月に広島大学の講師となり、同年名古屋大学 理学博士。 「相互作用の普遍性に関する研究」。 1958年助教授、1965年に教授となる。1976年7月名古屋大学教授となる。1985年から1988年まで理学部長を勤め、1988年には名誉教授となった。小川は丹生潔が1971年に宇宙線の中で発見・報告した「X粒子」が第4のクォークであると提唱したが、当時は広く認められるまでには至らなかった。 しかし、このことが後にノーベル物理学賞受賞となった「小林・益川理論」が生まれる契機となった。高エネルギー物理学研究所(現 高エネルギー加速器研究機構)の運営協議委員であった。2005年1月9日に心筋梗塞のため名古屋市の自宅で死去した。
過去の推移
–06
–07
0.1808
0.2909
0.3910
0.3811
0.3812
0.3613
0.3614
0.3615
0.3616
