孫 乾(そん けん、生没年不詳)は、中国後漢末期の政治家。字は公祐。青州北海郡(山東省)の人。『三国志』蜀志に伝がある。劉備が陶謙の跡を継いで徐州刺史となったとき、招聘を受けて従事となった。『鄭玄伝』によると、同郷の鄭玄が州に推挙したため、陶謙の推挙で豫州刺史となった劉備の参謀(従事中郎)として仕えたとある。呂布が徐州を奪い取ると、劉備につき従って曹操の元に身を寄せた。後に劉備が曹操から離反したとき、冀州の袁紹への使者として派遣された。劉備が袁紹より離れ荊州の劉表を頼ったときは、糜竺と共に劉表への使者として赴いている。劉表は袁尚に対し、袁尚と袁譚の抗争につ......
孫 乾(そん けん、生没年不詳)は、中国後漢末期の政治家。字は公祐。青州北海郡(山東省)の人。『三国志』蜀志に伝がある。劉備が陶謙の跡を継いで徐州刺史となったとき、招聘を受けて従事となった。『鄭玄伝』によると、同郷の鄭玄が州に推挙したため、陶謙の推挙で豫州刺史となった劉備の参謀(従事中郎)として仕えたとある。呂布が徐州を奪い取ると、劉備につき従って曹操の元に身を寄せた。後に劉備が......