孟珙(もう きょう、1195年 - 1246年)は、南宋の武将。金、モンゴル帝国を相手に劣勢の南宋を守り通した名将。字は璞玉。爵位は吉国公、諡号は「忠襄公」。孟林の孫、孟宗政(徳夫)の子。孟之経、孟之符らの父。兄弟は孟璟、孟璋、孟瑛ら。随州棗陽県(湖北省襄陽市棗陽県)出身だが、原籍は絳州(山西省運城市新絳県)である。曾祖父の孟安は岳飛配下の将軍として金と戦った軍閥で、孟珙も父・孟宗政より2万の私兵を引き継いだ。彼の前半生は定かではないが、衰運の一途を辿る南宋において軍人貴族としてそれなりに累進していたようであり、1234年には江陵府副制置使の任にあった。1......
孟珙(もう きょう、1195年 - 1246年)は、南宋の武将。金、モンゴル帝国を相手に劣勢の南宋を守り通した名将。字は璞玉。爵位は吉国公、諡号は「忠襄公」。孟林の孫、孟宗政(徳夫)の子。孟之経、孟之符らの父。兄弟は孟璟、孟璋、孟瑛ら。随州棗陽県(湖北省襄陽市棗陽県)出身だが、原籍は絳州(山西省運城市新絳県)である。曾祖父の孟安は岳飛配下の将軍として金と戦った軍閥で、孟珙も父・孟......