奇皇后(きこうごう、1315年頃 - 1369年もしくは1370年以降)は、14世紀の元朝最後の皇帝である順帝トゴン・テムルの皇后。モンゴル名を表した漢字表記は完者忽都(Ölǰei Qutuq オルジェイ・クトゥク)皇后。諡号は普賢菩薩熟成皇后。高麗出身で、北元皇帝アユルシリダラを生んだ。モンゴル帝国の高麗征服以後、高麗王室は忠烈王が世子時代にモンゴル皇帝クビライの下で近衛集団であるケシクに入侍し、さらに高麗国王として退下・即位するとその公主の降嫁を受けることが習わしとなった。以後、高麗王室は元朝の皇帝家であるクビライ王家を宗主とする「高麗駙馬王家」の称号......
奇皇后(きこうごう、1315年頃 - 1369年もしくは1370年以降)は、14世紀の元朝最後の皇帝である順帝トゴン・テムルの皇后。モンゴル名を表した漢字表記は完者忽都(Ölǰei Qutuq オルジェイ・クトゥク)皇后。諡号は普賢菩薩熟成皇后。高麗出身で、北元皇帝アユルシリダラを生んだ。モンゴル帝国の高麗征服以後、高麗王室は忠烈王が世子時代にモンゴル皇帝クビライの下で近衛集団で......