大爾朱氏(だいじしゅし、? - 556年)は、北魏の実力者爾朱栄の長女。諱は不詳で、爾朱兆(従兄弟にあたる)の娘の小爾朱氏に対して、大爾朱氏と号した。本貫は秀容郡。初め孝明帝元詡の妃嬪になり、次いで孝荘帝元子攸の皇后に立てられ、孝荘帝の死後は高歓の側妻となり、晩年には北斉の彭城王太妃となった。
大爾朱氏(だいじしゅし、? - 556年)は、北魏の実力者爾朱栄の長女。諱は不詳で、爾朱兆(従兄弟にあたる)の娘の小爾朱氏に対して、大爾朱氏と号した。本貫は秀容郡。初め孝明帝元詡の妃嬪になり、次いで孝荘帝元子攸の皇后に立てられ、孝荘帝の死後は高歓の側妻となり、晩年には北斉の彭城王太妃となった。