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土持親成

推定知名度0.51%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

土持 親成(つちもち ちかしげ、生年不詳 - 天正6年(1578年)4月)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。日向国北部の国人領主。県土持氏の最後の当主。先代土持親佐の子。妻は佐伯惟教の妹。右馬頭を名乗る。居城は縣松尾城([http://www.wainet.ne.jp/~tenmei/matuo%20nawabari.gif 松尾城縄張り図])。麟松軒とも称する。系譜については異説があり、島津家・大友家双方に残る史料によると、土持惟親-惟遠-惟仲-惟忠-(伊東氏より養子)親貫-親兼-時貫-親用-親成であるという。子は養子・高信と実子・親信。他に直綱・為綱・栄武がいたとされるが、兄弟の順や嫡子・非嫡子・養子の詳細は不明。為綱は衛藤太郎左衛門尉の名で秋月家に仕え天正15年に戦死しているとの記述がある様である。大友家が残した資料では、「土持累代当主中でも親成は智勇兼備の良将であり、県土持氏の最盛期を築いた」と残されている。

過去の推移