何 武(か ぶ、生年不詳 - 3年)は、前漢の政治家。字は君公。蜀郡郫県の人。宣帝の時代、14,5歳の時に漢の徳を称揚するための詩を宣帝の前で歌った。のち、博士の下で易経を学び、郎となり、翟方進と友人となった。光禄勲の推挙で鄠県令となったが、違法行為があって罷免された。太僕王音が何武を賢良方正に推挙し、諌大夫となり、揚州刺史となった。弾劾すべき太守がいた場合、先にそのことを発表し、罪に服した者は罷免するにとどめたが、服さない者は弾劾して死罪にまで至らしめた。罪があった太守は弾劾したが、それ以外は太守の能力に関係なく敬ったことから、各地では太守を重んじるよう......
何 武(か ぶ、生年不詳 - 3年)は、前漢の政治家。字は君公。蜀郡郫県の人。宣帝の時代、14,5歳の時に漢の徳を称揚するための詩を宣帝の前で歌った。のち、博士の下で易経を学び、郎となり、翟方進と友人となった。光禄勲の推挙で鄠県令となったが、違法行為があって罷免された。太僕王音が何武を賢良方正に推挙し、諌大夫となり、揚州刺史となった。弾劾すべき太守がいた場合、先にそのことを発表し......