佐竹 義苗(さたけ よしみつ、寛文11年(1671年)- 元禄12年6月18日(1699年7月14日))は、出羽久保田藩3代藩主・佐竹義処の長男。母は越前松平直政の娘。正室は徳川光貞の娘・育姫(徳川吉宗の姉にあたる)。諱は初め義林、後に義苗。通称は次郎。官位は四品、従四位下、修理大夫。
佐竹 義苗(さたけ よしみつ、寛文11年(1671年)- 元禄12年6月18日(1699年7月14日))は、出羽久保田藩3代藩主・佐竹義処の長男。母は越前松平直政の娘。正室は徳川光貞の娘・育姫(徳川吉宗の姉にあたる)。諱は初め義林、後に義苗。通称は次郎。官位は四品、従四位下、修理大夫。