画像引用元: kyukouzoku.web.fc2.com伏見宮邦家親王
推定知名度4.47%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
伏見宮邦家親王(ふしみのみや くにいえしんのう、享和2年10月24日 (旧暦)|10月24日(1802年11月19日) - 明治5年8月5日 (旧暦)|8月5日(1872年9月7日))は、江戸時代、幕末の日本の皇族。伏見宮第20代および第23代。伏見宮貞敬親王の第1王子。幼称は睦宮(まさのみや)。父の貞敬親王は皇位継承候補として名が挙がったことがある。文化 (元号)|文化14年(1817年)、光格天皇の猶子となり親王宣下を受ける。邦家と命名される。同月元服し、上野国|上野太守に補任され三品に叙せられる。天保6年(1835年)鷹司政熙の女鷹司景子|景子(ひろこ)と結婚する。天保12年(1841年)父貞敬親王が薨去したことにより伏見宮を相続する。しかし、翌天保13年(1842年)第6王子睦宮(よりのみや、後の伏見宮貞教親王|貞教親王)に家督を譲り隠居する。親王は落飾し禅楽と号する。元治元年(1864年)2月7日 (旧暦)|2月7日還俗|復飾を許され、伏見宮を再継承し、邦家の名に復帰した。元治3年(2年説あり)3月二品に昇叙され、式部省|式部卿となる。大政奉還がなると慶応3年(1867年)国事御用掛に任じられる。慶応4年(1868年)3月2日 (旧暦)|3月2日、多年に渡り楽道に精進した功労などを賞され、一品に叙せされる。明治5年(1872年)3月、家族とともに京都を離れて東京に移住する。4月10日 (旧暦)|4月10日、家督を第14王子伏見宮貞愛親王|貞愛親王に譲り隠居する。同年8月5日 (旧暦)|8月5日薨去。71歳。
過去の推移
2.6506
3.8807
4.5508
4.5109
4.510
4.811
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4.7513
4.7514
4.7515
4.4716
