画像引用元: www.kabuki.ne.jp中村歌右衛門
推定知名度1.95%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
四代目 中村歌右衛門(よだいめ なかむら うたえもん、寛政10年〈1798年〉 - 嘉永5年2月17日 (旧暦)|2月17日〈1852年3月7日〉)とは、江戸時代に活躍した歌舞伎役者。屋号は成駒屋、俳名は芝賞・中村翫雀|翫雀。雅号は魁香舎。本名平野 吉太郎(ひらの きちたろう)。中村歌右衛門 (3代目)|三代目歌右衛門の養子。江戸下谷の茶屋の子で、文化 (元号)|文化4年(1807年)振付師の藤間勘十郎|藤間勘十郎(後の三代目藤間勘兵衛)の門下となって藤間亀三郎と名乗る。文化5年(1808年)に江戸に下っていた中村歌右衛門 (3代目)|三代目中村歌右衛門の門下に入り中村藤太郎と改名、さらに文化10年(1813年)3月には中村鶴助と改名する。文政8年(1825年)、三代目歌右衛門の俳名である中村芝翫|芝翫を二代目として襲名し人気を得る。天保7年(1836年)1月に四代目中村歌右衛門を襲名した。当り役は多く『一谷嫩軍記』の熊谷直実、『京鹿子娘道成寺』の白拍子など。体格、容貌に恵まれ、世話物より時代物を得意とし所作事も優れ、天保2年(1831年)3月には江戸中村座初演の『六歌仙容彩』で遍照|僧正遍照、文屋康秀、在原業平、喜撰|喜撰法師、大友黒主|大伴黒主を演じた。嘉永5年1月、大坂でもこの『六歌仙』を勤めたが、これが最後の舞台となり同年2月に没す。門下に養子の中村芝翫 (4代目)|四代目中村芝翫、中村翫雀 (3代目)|三代目中村翫雀がいる。
過去の推移
–06
1.1207
1.3708
1.7709
2.1210
2.1211
2.0512
2.0313
2.0314
1.9615
1.9516
