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ヴィルヘルム・ヴェーバー

推定知名度0.7%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

ヴィルヘルム・ヴェーバー(Wilhelm Weber, 1918年3月19日 - 1980年3月2日)は、第二次世界大戦期ドイツ国(ナチス・ドイツ)の軍人、武装親衛隊将校、騎士鉄十字章受章者。1937年に親衛隊特務部隊(後の武装親衛隊)へ入隊し、1939年9月のポーランド侵攻・1940年5月~6月のナチス・ドイツのフランス侵攻|西方戦役・1941年6月のソビエト連邦侵攻作戦バルバロッサ作戦|「バルバロッサ」に参加。第5SS装甲師団|SS「ヴィーキング」師団「ゲルマニア」連隊の一員として独ソ戦|東部戦線で活躍し、1941年付で一級鉄十字章を受章。1943年3月10日付で親衛隊少尉|SS少尉(SS-Untersturmführer)に任官した。1944年秋、フランスSS部隊総監グスタフ・クルケンベルク親衛隊少将|SS少将(SS-Brigf. )に抜擢されて第33SS武装擲弾兵師団|SS所属武装擲弾兵旅団(後に師団)「シャルルマーニュ」(Waffen-Grenadier-Brigade der SS „Charlemagne“)に着任。エリート歩兵部隊「名誉中隊」(Compagnie d'Honneur)の指揮官を務め、1945年2月下旬のポメラニア戦線に出陣。2月25日午後、エルゼナウ(Elsenau、現オルシャノボ())の戦いでヴェーバーの名誉中隊は「シャルルマーニュ」師団司令部に迫ったソビエト連邦|ソビエト赤軍戦車部隊(少なくとも14輌以上の敵戦車)を対戦車兵器で殲滅した。独ソ戦の最終局面である1945年4月末、ヴェーバーは第33SS武装擲弾兵師団|「シャルルマーニュ」師団の生存者の中で戦闘継続を希望した約300名の将兵の1人となり、「フランスSS突撃大隊」(Französische SS-Sturmbataillon)に配属された「戦術学校」(Kampfschule)(旧称:名誉中隊)の指揮官としてベルリン市街戦に参加。パンツァーファウストを用いた近接戦闘で赤軍戦車を多数(単独で8輌もしくは13輌)撃破した功績により、1945年4月29日、ドイツ国(ナチス・ドイツ)最後の騎士鉄十字章受章者の1人となった。最終階級は親衛隊中尉|SS中尉(SS-Obersturmführer)。

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