ヨーゼフ・シュトラウスの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

ヨーゼフ・シュトラウス

推定知名度1.01%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

ヨーゼフ・シュトラウス(、1827年8月20日 - 1870年7月22日)は、オーストリアのウィーンを中心に活躍した作曲家・指揮者である。ヨハン・シュトラウス1世の次男で、「ワルツ王」と呼ばれるヨハン・シュトラウス2世の弟にあたる。弟にエドゥアルト・シュトラウス1世が、甥にヨハン・シュトラウス3世がいる(シュトラウス家参照)。一般的には兄の栄光に隠れがちな存在だが、音楽的能力は優るとも劣らず、1853年に音楽家となってから1870年に没するまでの約17年間で280曲以上の作品を残している。また、500曲以上の編曲も手がけたとされる。「兄よりも才能がある」などと評されることもあり、実際に兄ヨハンも「私はただ人気があるだけだ。シュトラウス・ファミリーの中でヨーゼフがもっとも才能に溢れている。」と語っていた。比較的長寿であったヨハン2世やエドゥアルト1世とは違い、42歳11ヶ月の若さで世を去った。『ディナミーデン』がオペラ『ばらの騎士』のオックス・ワルツとして用いられたり、『天体の音楽』と『わが人生は愛と喜び』がそれぞれドイツ映画『会議は踊る』のテーマ音楽と主題歌のメロディとして用いられたりと、後世への影響も大きい。

過去の推移