画像引用元: blogimg.goo.ne.jpユーグ10世・ド・リュジニャン
推定知名度0.43%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
ユーグ10世・ド・リュジニャン(Hugues X de Lusignan, 1183年/1195年 - 1249年6月5日)は、中世フランス王国の貴族でラ・マルシュ伯(ユーグ5世、在位:1219年 - 1249年)、アングレーム伯(ユーグ1世、在位:1220年 - 1246年)。ラ・マルシュ伯ユーグ9世の子。リュジニャン家出身で、エルサレム王ギー・ド・リュジニャンは同族に当たる。イングランド王ジョンの2番目の妃イザベラ・オブ・アングレームの再婚相手として知られている。父伯ユーグ9世はアングレーム伯領の相続人のイザベラと婚約を結んでいた。ところが、イングランド王ジョンがイザベラと結婚したことにより、ユーグ9世はフランス王フィリップ2世に訴えた。フィリップ2世はジョンに法廷の出頭を命じたが(ジョンはフランス南部のアキテーヌ公も兼ねていて、フィリップ2世の家臣でもあった)、ジョンが拒絶したことによりフィリップ2世はジョンの大陸領没収を宣言、アンジュー帝国の崩壊に繋がった。1219年、第5回十字軍に参加した父がダミエッタで亡くなったためラ・マルシュ伯領を相続、1216年にジョンが亡くなり未亡人となったイザベラと1220年に結婚した。この結婚でアングレーム伯領も手に入れ、西フランスの有力貴族にのし上がった。1241年に継子のヘンリー3世と共にルイ9世に反乱を起こしたが、鎮圧された。1246年にイザベラが亡くなった後は長男のユーグ11世にアングレームを譲り、3年後に死去。ラ・マルシュ伯領もユーグ11世が相続した。
過去の推移
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–10
0.2811
0.512
0.4613
0.4414
0.4315
0.4316
