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フランシス・バーナード

推定知名度0.12%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

フランシス・バーナード(Francis Bernard、3rd Earl of Bandon、1810年1月3日 - 1877年2月17日)は、アイルランド貴族、政治家。第3代バンドン伯爵。1830年から1856年まではバーナード子爵の儀礼称号を称した。第2代バンドン伯爵ジェイムズ・バーナード (第2代バンドン伯爵)|ジェイムズ・バーナードと、その妻でキャシェル大主教チャールズ・ブロドリックの長女メアリー・スーザン・アルビニアの子として、ロンドンのグローヴナー街で生まれる。オックスフォード大学のオリオル・カレッジ (オックスフォード大学)|オリオル・カレッジで学び、1830年に学士号を得て卒業、その4年後には修士号を得た。1831年1月からは父も議員を務めたバンドン選挙区からイギリスの議会|連合王国議会庶民院 (イギリス)|庶民院に入り、7月まで務めた。1842年から1856年まで再度議員を務めた後、父から伯爵位を継承、2年後には貴族代表議員に選ばれた。1874年にはコーク州知事に任命され、1877年に没するまでその地位にあった。妻はトーマス・ウィットモアの長女キャサリン・メアリーで、1832年に結婚、一男二女を儲けた。妻は1873年12月に死亡、バーナードはその4年後、1877年2月にコーク州のバーナード城で死んだ。伯爵位は一人息子のジェームズ・バーナード (第4代バンドン伯爵)|ジェイムズが継いだ。

過去の推移