ピエール2世・ド・クルトネーの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

ピエール2世・ド・クルトネー

推定知名度0.02%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

ピエール2世・ド・クルトネー (Pierre II de Courtenay、1155年 - 1219年)は、ラテン帝国皇帝(在位:1216年 - 1217年)、ヌヴェール伯。フランス王子ピエール1世・ド・クルトネーの息子。ラテン皇帝ボードゥアン1世の妹ヨランドと結婚した。1216年に妻の弟のラテン皇帝アンリが嗣子なく死去し、ピエールが次期皇帝に選ばれ即位した。翌1217年、コンスタンティノープルに赴く途中、アルバニアでエピロス専制公テオドロス1世コムネノス・ドゥーカスに捕えられ、2年間幽閉された後、死去した。ピエールの幽閉中は、妻ヨランドが摂政を務め、ピエールの死後、息子ロベールが皇帝位を継承した。

過去の推移