画像引用元: upload.wikimedia.orgバルダッサーレ・カスティリオーネ
推定知名度4.07%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
バルダッサーレ・カスティリオーネ(Baldassare Castiglione 1478年12月6日 - 1529年2月2日)は、イタリア・ルネサンス期の外交官、作家で、『宮廷人』の著作で知られる。同書は長くヨーロッパ上流階級にとっての模範書とされた。マントヴァ近郊カザーティコ(現在のマルカリーア)出身。父はカスティリオーネ伯であった。ミラノに出て人文主義者|人文主義的な教養を学ぶ。ミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァ|ロドヴィーコ・イル・モーロに仕え、イル・モーロが失脚後、1503年マントヴァに移り、1504年ウルビーノの宮廷に仕える。ウルビーノでは各国への外交使節も務める。ウルビーノ公グイドバルド・ダ・モンテフェルトロの妻、エリザベッタ・ゴンザーガに気に入られ、彼女を讃える詩を書くなどした。主にこの時代の経験が『宮廷人』のもとになっている。1516年ウルビーノがメディチ家の教皇レオ10世_(ローマ教皇)|レオ10世に攻撃されたのち、マントヴァに移り、マントヴァ公フェデリーコに仕える。その後、ローマに使節として赴任し、メディチ家の教皇クレメンス7世_(ローマ教皇)|クレメンス7世にも仕えるようになる。教皇領|教皇庁のスペイン大使としてカール5世 (神聖ローマ皇帝)|カール5世の宮廷に赴くが、1527年ローマが神聖ローマ帝国・スペインの軍隊によって壊滅状態になると(ローマ略奪)、教皇庁内にカスティリオーネの責任を追及する声が上がった。この心労のためか健康を害し1529年、トレドで死去。
過去の推移
3.1906
3.5807
3.608
3.709
3.7510
3.8411
4.0512
4.2513
4.214
4.215
4.0716
