画像引用元: upload.wikimedia.orgデイヴィッド2世
デイヴィッド2世(David II, 1324年3月5日 - 1371年2月22日)は、スコットランド王国|スコットランド王(在位:1329年 - 1371年)。ロバート1世 (スコットランド王)|ロバート1世の子。エドワード・ベイリャル (スコットランド王)|エドワード・ベイリャルと王位を争った。1328年のイングランド王国|イングランドとの条約でエドワード2世 (イングランド王)|エドワード2世の娘ジョーン・オブ・ザ・タワー|ジョーンと結婚した。1329年、ロバート1世の死後、デイヴィッド2世としてわずか5歳で王位を継承した。これに対し、所領を失っていたベイリャル派の貴族たちは、1332年8月にジョン・ベイリャル (スコットランド王)|ジョン・ベイリャルの長男エドワード・ベイリャル (スコットランド王)|エドワードを担いで反乱を起こした。イングランド王エドワード3世 (イングランド王)|エドワード3世の支援を受けた反乱軍は、スコットランド王軍をダプリン・ムーアの戦い(Battle of Dupplin Moor)で破り、エドワード・ベイリャルがスコットランド王として戴冠した。エドワード3世の後押しで王座に就いたエドワード・ベイリャルは、イングランド王に臣従を誓い、南部5州を割譲した。これに怒ったジェームズ・ダグラスの弟アーチボルト・ダグラスは、同年12月に反乱を起こし、アナンでエドワード・ベイリャルを破った。エドワード・ベイリャルはイングランドに逃走した。しかし翌年にアーチボルトは、ハリダン・ヒルの戦い(Battle of Halidon Hill)でエドワード3世に敗れ、戦死した。これを見たデイヴィッド2世は、翌1334年に王妃とともにフランス王国|フランスに逃れた。フランスでは丁重に迎えられ、ノルマンディーのガイヤール城(Château-Gaillard)を住居として与えられた。1337年、イングランドとフランスの間に百年戦争が起こった。当初、デイヴィッド2世はフランス王フィリップ6世 (フランス王)|フィリップ6世に従って北フランスの遠征に従軍した。スコットランドではデイヴィッド2世支持のブルース派の貴族達が勢力を挽回しており、1341年にフィリップ6世は、イングランドを北から牽制する目的でデイヴィッド2世をスコットランドに帰国させた。帰国したデイヴィッド2世はスコットランドの掌握に成功し、スコットラン
