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ダイナナホウシユウ

推定知名度0.22%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

ダイナナホウシユウ(ダイナナホウシュウ、1951年5月11日 - 1974年1月)は、日本の競走馬、種牡馬。タマサンの名で1953年に国営競馬(1954年より日本中央競馬会)でデビュー。一説に380キログラム|kg台という小柄な馬体ながら初戦より連勝を重ね、1954年よりダイナナホウシユウと改名されたのち皐月賞を制覇。同競走までの11連勝は中央競馬における最多連勝タイ記録である。のち連勝を止めたが、同年秋には菊花賞にも優勝し、同年のJRA賞最優秀3歳牡馬|最良4歳牡馬に選出された。1955年には天皇賞|天皇賞(秋)を制し、JRA賞最優秀4歳以上牡馬|最良5歳以上牡馬となる。それから1年の休養を経て、1956年末に新設された有馬記念|中山グランプリを最後に引退した。通算29戦23勝。「褐色の弾丸列車」の異名をとった。1957年より種牡馬となったが産駒に中央競馬の重賞勝利馬はなく、その役目を終えてからは馬術競技馬としても使役された。

過去の推移