画像引用元: mainichi.jpタニノムーティエ
推定知名度0.37%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
タニノムーティエ(1967年5月9日 - 1991年2月9日)は日本の競走馬、種牡馬である。1969年に関西の3歳王者戦・阪神3歳ステークスに優勝。翌1970年のクラシック三冠路線では関東のアローエクスプレスとライバル関係を築き、その対戦は当時色濃かった東西対抗意識のなかで「A・T対決」とも呼ばれたが、同馬を退けて皐月賞、東京優駿(日本ダービー)の春クラシック二冠を制した。同年秋には史上3頭目の三冠達成への期待を掛けられるも、夏の休養中、競走能力へ大きな影響を及ばす呼吸疾患の喘鳴症を発症し、三冠最終戦・菊花賞では大敗を喫して引退した。同年、啓衆社賞最優秀4歳牡馬に選出。通算18戦12勝。以後は種牡馬となったが、産駒に中央競馬の重賞勝利馬はなく、1991年に死亡した。半弟(異父弟)に、1973年の天皇賞(秋)、1974年の有馬記念などに優勝したタニノチカラがいる。※馬齢は日本で2000年以前に使用された数え年で統一して記述する。
過去の推移
0.3606
0.2607
0.2608
0.3209
0.3910
0.4211
0.4112
0.4113
0.3814
0.3715
0.3716
