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スタテイラ

推定知名度0.19%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

スタテイラ2世(ギリシア語:Στάτειρα, ラテン文字表記:Stateira II, ? - 紀元前323年)は、アケメネス朝ペルシアの王女で、アルゲアス朝のマケドニア王アレクサンドロス3世(大王)の妃のひとり。アケメネス朝ペルシア最後の王ダレイオス3世と、娘と同名の王妃の娘。妹にヘファイスティオンの妻となるドリュペティスがいる。祖母はシシュガンビス。紀元前333年、マケドニア軍とのイッソスの戦いで父王が敗走すると、遠征に同行していたスタテイラは母、祖母ら家族と共に陣中に取り残され、マケドニア軍に捕らえられた。最初、太守マザイオスと婚約していたが、マザイオスは紀元前328年に死に、紀元前324年にアレクサンドロス3世と結婚した。しかし翌紀元前323年に大王が急逝すると、大王の最初の妃ロクサネによって、スタテイラは妹ドリュペティスともども殺害された。2世紀の歴史家アッリアノスはスタテイラのことを「バルシネ」と呼んだが、ロドス島のメムノンの妻バルシネとは別人である。

過去の推移