コーサラ国の画像画像引用元: www.geocities.jp

コーサラ国

推定知名度1.81%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

コーサラ国(もしくはコーサラ王国、Kosala、कोसल)は、古代インドの王国で、その版図はおおむねアワド地方、つまり現在のインドのウッタル・プラデーシュ州に相当する。後期ヴェーダ時代に(Janapada)と呼ばれる小国(領域)群のひとつとして勃興し、近隣の国と交流があった。仏教経典の増支部(漢訳仏典における阿含経の増一阿含経に相当)や、ジャイナ教の教典のによれば、コーサラ国は紀元前6世紀から5世紀における十六大国のひとつに数えられ、文化的・政治的に大国の地位を得ていた。しかし、マガダ国との一連の戦争により弱体化し、紀元前4世紀には最終的に併合されてしまった。コーサラ国には、アヨーディヤー、(Saket)、シュラーヴァスティー(漢訳:舎衛城)の3大都市をはじめ、セータヴィヤ(Setavya)、ウカッタ(Ukattha)、ダンダカッパ(Dandakappa)、ナラカパナ(Nalakapana)、パンカダ(Pankadha)などの町があった。(ヒンドゥー教の聖典)プラーナ文献や、叙事詩ラーマーヤナによれば、コーサラ国の首都は、王の治世下においてはアヨーディヤー、十六大国時代(紀元前6~5世紀)においてはシュラーヴァスティーであった。マウリヤ朝滅亡後の時代(紀元前2~1世紀)には、コーサラ王は(再び)アヨーディヤーにおいて硬貨を発行していた。

過去の推移