画像引用元: upload.wikimedia.orgカール・ヨーゼフ・フォン・エスターライヒ
推定知名度0.12%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
カール・ヨーゼフ・フォン・エスターライヒ(Karl Joseph von Österreich, 1745年2月1日 ウィーン - 1761年1月18日 ウィーン)は、神聖ローマ皇帝フランツ1世 (神聖ローマ皇帝)|フランツ1世と皇后マリア・テレジアの間の第7子、次男。全名はカール・ヨーゼフ・エマヌエル・ヨハン・ネポムク・アントン・プロコプ(Karl Joseph Emanuel Johann Nepomuck Anton Prokop)。 内気な兄ヨーゼフ2世|ヨーゼフ・ベネディクトとは反対に社交的で明るい性格だった。加えて魅力的な容姿と知性を兼ね備えたため、両親の愛息子として溺愛され、兄弟姉妹や宮廷人も競ってカール・ヨーゼフの好意や関心を得ようとした。特に母皇后がカール・ヨーゼフばかりを贔屓にしたことは、兄ヨーゼフとの間の不仲を引き起こした。父皇帝の所有するトスカーナ大公国の国主の座を継ぐことが約束されていたが、天然痘に罹患して16歳の誕生日を迎える直前に死去した。トスカーナは弟レオポルト2世 (神聖ローマ皇帝)|ペーター・レオポルトが代わりに相続することが決まった。遺骸はカプツィーナー納骨堂に安置されたが、心臓だけは切り取られてウィーン・内のの、ハプスブルク家の成員の心臓を安置する部屋に保管された。
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