カール・フリードリヒ・フォン・ヴァイツゼッカーの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

カール・フリードリヒ・フォン・ヴァイツゼッカー

推定知名度0.66%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

カール・フリードリヒ・フォン・ヴァイツゼッカー(Carl Friedrich Freiherr von Weizsäcker, 1912年6月28日 - 2007年4月28日)はドイツの物理学者、哲学者である。ナチス・ドイツの外務次官になったエルンスト・フォン・ヴァイツゼッカーの息子で、戦後連邦大統領 (ドイツ)|ドイツの大統領になったリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカーの兄である。1929年から1933年まで、物理学、天文学、数学をフンボルト大学ベルリン|ベルリンやゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲン|ゲッティンゲン、ライプツィヒ大学|ライプツィヒの各大学で、ヴェルナー・ハイゼンベルク|ハイゼンベルク、フリードリッヒ・フント|フント、ニールス・ボーア|ボーアらに学んだ。原子核の研究を行い、1935年にハンス・ベーテとは独立に原子核質量公式(ベーテ・ヴァイツゼッカーの公式)を発表した。1937年から1938年にかけて恒星のエネルギーの研究を行った。第二次世界大戦中はカイザー・ヴィルヘルム研究所(のちのマックス・プランク研究所)の研究者でドイツの原子爆弾開発を行った。戦後はキリスト教の立場から平和運動を進める哲学者となった。1957年から1969年までハンブルク大学の哲学科で教授を務めた。1963年フランクフルト・ブックフェア|ドイツ出版協会平和賞受賞。2007年、バイエルン州シュタルンベルクにて死去。94歳だった。

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