画像引用元: upload.wikimedia.orgカルロ・ゴンザーガ=ネヴェルス
推定知名度0.25%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
カルロ・ゴンザーガ=ネヴェルスまたはシャルル・ド・ゴンザーグ=ヌヴェール(イタリア語|伊:Carlo Gonzaga-Nevers;フランス語|仏:Charles de Gonzague-Nevers, 1609年 - 1631年8月30日)は、イタリアのマントヴァ公国|マントヴァ公爵家の世継ぎ公子。また、フランス王国|フランスのマイエンヌ公爵及びエギュイヨン (ロット=エ=ガロンヌ県)|エギュイヨン公爵(在位:1621年 - 1631年)。ゴンザーガ家の傍系であるヌヴェール公カルロ1世・ゴンザーガ=ネヴェルス|シャルル(カルロ1世)とその妻でギーズ家のマイエンヌ公シャルル (マイエンヌ公)|シャルルの娘であるカトリーヌの間の次男として生まれた。本家のマントヴァ公ヴィンチェンツォ2世・ゴンザーガ|ヴィンチェンツォ2世に嫡子が無いため、その死後はヌヴェール公爵家がマントヴァとモンフェッラート侯国|モンフェッラートの2つの公爵領を受け継ぐことになった。シャルルは1627年、フランチェスコ4世・ゴンザーガ|フランチェスコ4世の娘でヴィンチェンツォ2世の姪にあたるマリーア・ゴンザーガ|マリーアと結婚し、父と自分のマントヴァ公爵位の継承権をより確実なものとした。ところが神聖ローマ皇帝フェルディナント2世 (神聖ローマ皇帝)|フェルディナント2世はマントヴァを親仏派のヌヴェール公爵家が継ぐことを好まず、ゴンザーガ家の別の分家であるグアスタッラ公爵家の当主チェーザレ2世・ゴンザーガ|チェーザレ2世を対立後継者に推したため、が勃発した。1631年、カヴリアーナで父に先立って早世したため、マントヴァを統治することは無かった。
過去の推移
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