オットー・フォン・ハプスブルクの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

オットー・フォン・ハプスブルク

推定知名度8.68%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

オットー・フォン・ハプスブルク(Otto von Habsburg, 1912年11月20日 - 2011年7月4日)は、最後のオーストリア皇帝カール1世と皇后ツィタの長子で、オーストリア=ハンガリー帝国(1918年に帝政廃止)の皇太子。本名はフランツ・ヨーゼフ。1930年代のオーストリアにおける君主制復活運動を指導し、ナチス・ドイツのオーストリア侵略計画に対抗しようとした。ドイツ、オーストリア、ハンガリー、クロアチアの市民権を持ち、国際汎ヨーロッパ連合の国際会長や欧州議会議員を務めるなど、汎ヨーロッパ主義的に活動した政治家でもある。第二次世界大戦中には「ドナウ連邦」の樹立を、戦後には欧州統合を提唱した。

過去の推移