画像引用元: upload.wikimedia.orgエウゲニウス3世
推定知名度0.69%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
エウゲニウス3世(Eugenius III、生年不明 - 1153年7月8日)は、第2回十字軍を呼びかけたローマ教皇(在位1145年2月15日 - 1153年7月8日)。イタリアのピサ近郊出身と見られ。のちにローマ近郊のシトー会修道院の院長をへて、クレルヴォーのベルナルドゥスの影響力によって初のシトー会出身のローマ教皇となった。しかし、まもなく反対派のに率いられた市民の反乱によってローマを追放され、その在位期間のほとんどを各地に滞在して過ごすことになるが、1148年にアルノルドを破門した結果、アルノルドは処刑台送りとなり勝利した。十字軍国家のエデッサ伯国|エデッサ伯領が失われたことをフランスで聞き、1145年12月、ルイ7世 (フランス王)|ルイ7世に教皇勅書を送り、十字軍を呼びかけた。クレルヴォーのベルナルドゥスの勧誘演説により、国王2人を含む多くの参加者を得たが、ほとんど成果を挙げられず大失敗に終わった。1153年7月8日に避暑のため滞在していたティヴォリで死去、ローマ(現在はバチカン市国)のサン・ピエトロ大聖堂に埋葬された。ちなみにクレルヴォーのベルナルドゥスもひと月ほど後の8月20日に死去した。
過去の推移
0.4306
0.4507
0.4908
0.6309
0.7410
0.7311
0.7412
0.7413
0.7214
0.7215
0.6916
