画像引用元: upload.wikimedia.orgアンナ・ド・ノアイユ
アンナ・ド・ノアイユ(Anna de Noailles)ことアンナ=エリザベート・ド・ノアイユ伯爵夫人(フランス語:La comtesse Anna-Élisabeth de Noailles、1876年11月15日 - 1933年4月30日)は、フランスの詩人、小説家。出生名はアンナ=エリザベート・ビベスコ・ド・ブランコヴァン(Anna-Élisabeth Bibesco de Brancovan)で、ルーマニアの貴族の血を引く家系に生まれた。1897年にマチュー・フェルナン・フレデリック・パスカル・ド・ノアイユと結婚してからはアンナ=エリザベート・ド・ノアイユ伯爵夫人(通称:アンナ・ド・ノアイユ)と名乗るようになった。1901年に処女詩集『百千の心』(Le Cœur innombrable)で文壇デビューを果たし、詩人としての文名を博した。その後も1902年に詩集『日々の影』(L'Ombre des jours)、1913年には詩集『生者と死者』(Les Vivants et les morts)などを発表し、恋や青春、人の死などを題材に書かれる流麗な詩が特徴的で、同国の文芸評論家であるアルベール・ティボーデから「ロマン派最後の詩人」と称された。フランス最大の文学賞であるゴンクール賞が1903年に創設されると、翌年の1904年にヴィ・ウールーズ賞を他メンバーと中心になって提唱し、後に呼ばれる「フェミナ賞」の創設にも尽力した。小説家としても1904年に『びっくりした顔』(Le Visage émerveillé)、1905年に『支配』(La Domination)などの作品を残し、晩年の1931年には女性として初めてレジオンドヌール勲章のコマンドゥールが受勲されている。日本においては、小説家永井荷風が1913年に刊行した訳詩集『珊瑚集』の中でアンナ・ド・ノアイユの詩を3編、散文訳ではあるが紹介している。また同じく小説家の堀辰雄もアンナ・ド・ノアイユが1913年に発表した詩集『生者と死者』を、『生けるものと死せるものと』として翻訳しており、堀の葬儀の際に、女優の岸田今日子が堀の訳した詩を朗読したという逸話が残っている。
