アンジェイ・チャイコフスキの画像画像引用元: cdfront.tower.jp

アンジェイ・チャイコフスキ

推定知名度0.5%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

アンジェイ・チャイコフスキ(Andrzej Czajkowski, 1935年11月1日 ワルシャワ – 1982年6月26日 ) は、フランス語風・ロシア語風のアンドレ・チャイコフスキー(André Tchaikowsky)という芸名で知られるポーランド人のピアニスト・作曲家。本名ロベルト・アンジェイ・クラウトハメル(Robert Andrzej Krauthammer)として誕生。4歳で楽才の片鱗を示すが、第2次世界大戦中はユダヤ系であったために、また戦時中に両親を喪ったために、あるポーランド人の家族に匿われていて、10歳になるまで音楽教育を受けることができなかった。チャイコフスキという苗字は、ユダヤ人であることを隠して潜伏していた時に偽造した身分証明書の苗字である。1945年にウッジの国立音楽学校でエマ・アルトベルクに師事し、1948年にはパリに留学してラザール・レヴィに指導を託した。1950年にポーランドに帰国して、ソポト国立音楽院にてオルガ・ダンブロフスカに、その後はワルシャワ音楽院にてスタニスワフ・シュピナルスキに師事。在学中から演奏活動を繰り広げるようになり、バッハの《ゴルトベルク変奏曲》やラフマニノフの《ピアノ協奏曲第2番》の公開演奏を通じて聞かせ上手なところを見せ付けつつ、所与の主題で即興演奏を行なって聴衆を仰天させた。1951年以降はカジミエシュ・シコルスキの作曲法の講座を履修した。1955年、第5回ショパン国際コンクールにおいて8位入賞という好成績を収めてから、ブリュッセルに留学してステファン・アスケナーゼに師事したにより早世し、本人の意志により頭蓋骨が劇場に遺贈された。

過去の推移