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アミュンタス3世

推定知名度0.04%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

アミュンタス3世(Ἀμύντας Γ΄、ラテン文字転記:Amyntas III、?-紀元前370年、在位紀元前393年及び紀元前392年 – 紀元前370年)は、アルゲアス朝のマケドニア王である。父はアリダイオス、王妃は。エウリュディケ1世との間にアレクサンドロス2世、ペルディッカス3世及びピリッポス2世の3人の息子が、孫にアレクサンドロス大王がいる。アミュンタスはアルケラオス1世の死後10年続いた混乱の後に即位したが、以後王国の生き残りのために懸命に努力を重ねることとなる。即位の年、アミュンタスはイリュリア人により一時王位を追われたが、翌年、テッサリア人の助力により復位を果たした。このような情勢のもと、アミュンタスはスパルタの援助を求めた。スパルタは、ギリシアの覇権を巡るライバルであったアテナイとテーバイに支持されているギリシア北部の新興勢力であったオリュントスを打ち破るという動機もあり、アミュンタスとの盟約を締結した。紀元前379年、アミュンタスはスパルタの支援のもと、オリュントスの勢力を削減することに成功した。更に、アミュンタスは紀元前372年、テッサリアの支配者とアテナイとの同盟に参加した。紀元前371年にスパルタで開かれた全ギリシアの和平会議の席上では、アミュンタスはアテナイへの賛同票を投じ、アテナイがアンフィポリスを回復する票決に貢献した。オリュントスに勝利したアミュンタスは、アテナイとの間で条約を締結し、木材の代価を自らの収入とし続けることが可能となった。アミュンタスはピレウスにあるアテナイの将軍の家へ木材を送っている。アミュンタスは紀元前370年、高齢により死亡し、王位は長男であるアレクサンドロス2世が継いだ。

過去の推移