二代目 嵐璃寛(にだいめ あらし りかん、天明8年〈1788年〉 - 天保8年6月13日 (旧暦)|6月13日〈1837年7月15日〉)とは、江戸時代の歌舞伎役者。屋号は伊丹屋、俳名は里鶴・玉山・嵐璃かく|璃珏。初代嵐猪三郎の門人で、寛政12年(1800年)、二代目嵐徳三郎を名乗り大坂の竹田芝居で初舞台。その後実力が認められて中芝居にも出演するようになる。文政2年(1819年)に嵐壽三郎と改名したが、すぐにもとの徳三郎に戻る。文政5年9月、二代目嵐橘三郎を襲名。文政11年(1828)8月に二代目嵐璃寛を襲名した。当り役は『雁金五人男』の雁金文七、『八犬伝』......
二代目 嵐璃寛(にだいめ あらし りかん、天明8年〈1788年〉 - 天保8年6月13日 (旧暦)|6月13日〈1837年7月15日〉)とは、江戸時代の歌舞伎役者。屋号は伊丹屋、俳名は里鶴・玉山・嵐璃かく|璃珏。初代嵐猪三郎の門人で、寛政12年(1800年)、二代目嵐徳三郎を名乗り大坂の竹田芝居で初舞台。その後実力が認められて中芝居にも出演するようになる。文政2年(1819年)に......