小澤三五郎(おざわ さんごろう、生没年不詳)は、江戸時代末の囲碁棋士。江戸生まれ、本因坊秀和門下、六段。初めの名は小澤金太郎。村瀬弥吉(本因坊秀甫)の弟弟子にあたり、2、3歳年下と見られる。安政から万延にかけて、秀和に二子、秀策に先、秀甫に先相先、他に高崎泰策との棋譜などが遺されている。秀策の後継者を弥吉と競ったと言われ、当時の「皇國碁家見立番附」では別大関村瀬秀甫、宮重策全に次ぎ、井上因碩(十三世)と共に大関の位置を占めている(五段)。秀甫とは、初二段は金太郎が先んじ、三段からは秀甫が抜いたとされる。嘉永7年(1854年)三段時から、四段秀甫が白番で2連......
小澤三五郎(おざわ さんごろう、生没年不詳)は、江戸時代末の囲碁棋士。江戸生まれ、本因坊秀和門下、六段。初めの名は小澤金太郎。村瀬弥吉(本因坊秀甫)の弟弟子にあたり、2、3歳年下と見られる。安政から万延にかけて、秀和に二子、秀策に先、秀甫に先相先、他に高崎泰策との棋譜などが遺されている。秀策の後継者を弥吉と競ったと言われ、当時の「皇國碁家見立番附」では別大関村瀬秀甫、宮重策全に次......