依田 実信(よだ さねのぶ、生没年未詳)は、平安時代末期の武将。源為実(依田六郎)の子。信濃守源為公の孫にあたる。兄弟に豊平、子に信行、行俊らがある。信濃国小県郡依田庄を本拠とする豪族・依田氏の当主。仮名は二郎大夫。父為実の開発した依田庄を継承し、また同地に存在した依田城の築城者であったとも伝わる。治承4年(1180年)に木曾義仲が信濃で挙兵すると、その拠点として依田城を提供し、以後一族を挙げて義仲と行動を共にしたと云われる。『源平盛衰記』には翌寿永2年(1183年)の「倶利伽羅峠の戦い」で三千余騎を率いて活躍する部将の一人「余田次郎」としてその名がみえて......
依田 実信(よだ さねのぶ、生没年未詳)は、平安時代末期の武将。源為実(依田六郎)の子。信濃守源為公の孫にあたる。兄弟に豊平、子に信行、行俊らがある。信濃国小県郡依田庄を本拠とする豪族・依田氏の当主。仮名は二郎大夫。父為実の開発した依田庄を継承し、また同地に存在した依田城の築城者であったとも伝わる。治承4年(1180年)に木曾義仲が信濃で挙兵すると、その拠点として依田城を提供し、......