種橋 一章(たねはし かずあき、生年不詳 没年 元和八年八月)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての戦国武将。通称は宗兵衛(惣兵衛)。諱は清章とも。丹羽長秀家臣、種橋藤十郎成章の嫡男として尾張国に生まれる。母は丹羽長秀の娘。種橋氏は元々斯波氏の被官だったが、丹羽氏の伸長に伴い家臣化した。名字は史料によっては「棚橋」と書かれることもあるが、子孫は種橋を称している。元亀元年(1570年)10月、父、成章が一向一揆との争いによって戦死したため家督を継承。丹羽長秀、長重の二代に渡って重臣として仕える。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは、西軍についたために......
種橋 一章(たねはし かずあき、生年不詳 没年 元和八年八月)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての戦国武将。通称は宗兵衛(惣兵衛)。諱は清章とも。丹羽長秀家臣、種橋藤十郎成章の嫡男として尾張国に生まれる。母は丹羽長秀の娘。種橋氏は元々斯波氏の被官だったが、丹羽氏の伸長に伴い家臣化した。名字は史料によっては「棚橋」と書かれることもあるが、子孫は種橋を称している。元亀元年(15......