猪飼 昇貞(いかい のぶさだ、生没年不詳)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。通称は甚介。別名に定尚、正勝が伝わるが署名によって確かめられるのは昇貞である。姓は猪飼野とも。父は「猪飼家系譜之図」(高島幸次「近江竪田の土豪猪飼氏について」所収)によると猪飼野佐渡守宣尚。子に秀貞。近江志賀郡堅田水軍の棟梁で、はじめ六角氏に仕え、のちに浅井氏に属したが、元亀元年(1570年)の志賀の陣終結以後は、同じ堅田衆の居初又次郎・馬場孫次郎と共に織田信長に降る。以後は浅井氏への警戒に当たった。同年11月25日、織田家から派遣された坂井政尚らと共に物流を押さえるため......
猪飼 昇貞(いかい のぶさだ、生没年不詳)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。通称は甚介。別名に定尚、正勝が伝わるが署名によって確かめられるのは昇貞である。姓は猪飼野とも。父は「猪飼家系譜之図」(高島幸次「近江竪田の土豪猪飼氏について」所収)によると猪飼野佐渡守宣尚。子に秀貞。近江志賀郡堅田水軍の棟梁で、はじめ六角氏に仕え、のちに浅井氏に属したが、元亀元年(1570年)の......