熊倉城(くまくらじょう)は、武蔵国秩父郡日野村(埼玉県秩父市荒川日野)の城山にあった日本の城。別名・日野城(ひのじょう)。城名は城山が熊倉山に連なる峰であったからとみられているが、中世期の文献には「熊倉城」の名前が無く、江戸時代以降の命名である可能性がある(「熊倉城」の名前は『新編武蔵風土記稿』に登場する)。そのため、中世期には村名より「日野城」と呼ばれていたと考えられている。主君・上杉顕定に反抗した長尾景春は、拠点である鉢形城・長井城を失い、秩父郡へと逃亡、再起を期して築城した城の1つと考えられている。だが、文明12年(1480年)に景春は上杉方の太田道......
熊倉城(くまくらじょう)は、武蔵国秩父郡日野村(埼玉県秩父市荒川日野)の城山にあった日本の城。別名・日野城(ひのじょう)。城名は城山が熊倉山に連なる峰であったからとみられているが、中世期の文献には「熊倉城」の名前が無く、江戸時代以降の命名である可能性がある(「熊倉城」の名前は『新編武蔵風土記稿』に登場する)。そのため、中世期には村名より「日野城」と呼ばれていたと考えられている。主......